2026年10月8日木曜日

【中野さんの芸能コラム】メメント・モリ


メメント・モリ


岩波新書の國方栄二『哲人たちの人生談義 ストア哲学をよむ』(2022年7月刊)をみつけた。著書は1952年生まれ、文学博士。

帯には<生きること>としての哲学を追い求めた人びと。「幸福とは何か」。哲学は、このシンプルにして解きがたい問から始まり、その問いに身をもって対峙したのがストア派の哲人たちであった‥…

マルクス・アウレリウスは語っている。

移ろいやすい人生の中でなにもかも諦めよと言うのではない。人生は短い。それだけに、現在を無駄にしてはならないのである。しかも、その現在が短かろうが、長かろうが違いはない。各人はこの現在という一瞬だけを生きているからである。メメントー・モリ―(死を忘れるな)の思想も、同様にみられる。「運命の定めるところに身をまかせよ」ということである。

メメント・モリは、「他人の死を忘れてはならない」という意味ではありません。「自分もいつか必ず死ぬ存在であることを忘れるな」という言葉です。

人生には限りがあります。しかし、死がいつ訪れるかはわかりません。だからこそ、まだ来ていない未来ばかりに心を奪われるのではなく、今与えられている一日を大切に生きる必要があります。

この意味で Mementō morī. は、Carpe diem.「今日この日を摘め」ともよく響き合います。

Carpe diem. が「未来を当てにせず、今この日を生きよ」と呼びかけるのに対し、Mementō morī. は「自分が死すべき存在であることを忘れるな」と語ります。一方は「生」を、もう一方は「死」を口にしていますが、両者が向いている方向は決して反対ではありません。

死を忘れないからこそ、今の生を大切にすることができます。


旅立つ日が来るでしょう

わかっているけど、 どんなだろうな

怖い気も確かにするけれど

まだよくわからないや


別れの寂しさを知る

今でもアナタを感じるんだ

実は側に居たりするのかな

そうだと良いな。


僕もいつの日か全部

置いて逝かなきゃいけないけど

今日までの幸せ数えたら

なんてこと無いのです。


心 の中にどうか

居場所を作って置いて欲しいな

たまにはこれからの話 じゃなく

今までを話そうか。


君もいつの日かきっと

遠くへ旅に出ちゃうけど

思い出と行き続けるのでしょう

寂しくは無いでしょう?


向こうの世界では

何を「亡くなる」と意味づけるんだろう

僕を忘れるその時まで

生き続けるのでしょう


僕もいつの日か全部

置いて逝かなきゃいけないけど

今日までの幸せ数えたら

なんてこと無いのです。


いつかいつの日か全部

置いて逝かなきゃいけないけど

生まれた意味に喜べるから

なんてこと無いのです。

自分の最期は、

なんてこと無いのです


絵本『メメント・モリ』は、亡くなった祖父母と飼い猫が「今どこで何をしているのか」という問いと、自分自身の「死」とどう向き合うかという二つのテーマを軸に物語が進んでいきます。

主人公は、いつか自分も旅立つ日が訪れるのかという問いに直面し、亡き祖父母と猫に会いに行く旅に出ます。「天国はあるのか」「祖父母たちは今どこにいるのか」という思いを抱えながら進むその旅は、主人公にとって未知の世界への扉でもあります。

旅の途中で主人公は眠りにつき、夢の中で祖父母たちと再会します。そこには、死者たちが幸せそうに過ごしている世界が広がっています。祖父母と猫は笑顔で踊りながら「私たちはいつでもあなたを見守っている」と語りかけ、温かく穏やかな世界で生きています。この描写は、死は恐れるものではなく、心の中でつながり続けると読者に教えてくれます。

物語の後半では、主人公が自分自身の「死」について考え始めます。「死者にはいつでも会える、心の中にいつもいる」という気づきや、幸せの数を数えれば、やがてそれらを置いて旅立つときが来ることを自然に受け入れられるという心の変化が描かれます。「なんてことないのです」という印象的な一文は、死を過度に恐れるのではなく、命の流れの一部として穏やかに受け止める姿勢を象徴しています。

この絵本は、死別を悲しみの終着点として捉えるのではなく、亡くなった人たちは心の中に生き続け、いつでもつながることができるという希望を伝えています。死を意識することで、日々の一瞬一瞬を大切にしようという「メメント・モリ」のメッセージが、柔らかなイラストと優しい語り口で表現されています。読む者に「生きる意味」をそっと問いかける、深い感動を与える一冊です。


0 件のコメント:

コメントを投稿